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ヤンネ終了。

長野県須坂市で、「アトリエとお店ときどき教室 ヤンネ」という雑貨店を運営していました。週末だけの営業でしたが丸8年。オリジナル商品を置き、店番をし、イベントを企画したり、出張店をしたり。ワイワイガヤガヤ楽しく雑貨店を営んできましたが、この度「終了」することとなりました。

ヤンネ運営の中心メンバーは、デザイナー・イラストレーター・パッチワーク作家・カメラマンの、クリエイターズユニット「nana*t(ナナット)」。結成10数年の気心知れた仲間でありつつ、それぞれフリーランスで活動するメンバーが、各々の予定をやりくりしながら交代で店番。イベントや作業があるときは集まって楽しみながら行う。作品があれば持ち寄ってヤンネで販売。そんなスタイルでした。
店舗は築100年の古民家を仲間で改装して活用。冬寒く、夏暑く、重厚な造りのわりに2階はギシギシで、途中、道路拡張のために20mほど「曳家」も行われ、少しずつ変化しながらも続けてきました。

何事も始めるときは「勢い」で意外とできるものですが、続けるとなると大変。特にお金が絡んでくること。信頼は最も重要なポイントです。
その点、僕らは本業がそれぞれ「独立」「自立」しており、だからこそヤンネ活動に「遊びの要素」が多くても「奉仕の要素」があっても、カバーし尊重しながら継続できたのかなと思っています。
とはいえ、8年も経てば開店当初と体制やそれぞれの生活スタイルも変わってきます。家族が増えたり、本業がいそがしくなったりして、週末だけの店番とはいえ埋まらなくなることも。
お店として変化をつけたり鮮度を保つ努力や発信も必要になりますが、日々の忙しさに「おろそか」になってしまった部分もあったかもしれませんし、メンバー内でも負担が偏ってしまったのも事実。
それでも、個人ではできない活動や、認知度、交友関係など、僕自身「ヤンネ」の恩恵を十二分に受けており、何にも替えがたい存在であったことは間違いないことです。

終了祭には多くの方々にお見えいただけました。本当にありがとうございました。
最後も僕ららしく(?)賑やかに楽しく、相変わらずカオスな恩返しをして、ヤンネ8年間に幕を閉じました。

因みに、ヤンネ主要メンバーであるnana*tは存続しています。
もともと「お店」はもちろん、共有スペース・共有財産を持たない身軽な集まりの僕たちは、ヤンネを終了することで「重い荷物を下ろした」格好になります。
ちょっと肩が軽くなって、メンバーそれぞれ自分の活動に力を入れるも良し、また新たな活動を始めるのも良し。そんな前向きな終了だと思います。

最後に、ヤンネを楽しんでくれた全ての方々に心から感謝いたします。
ありがとうございました。A0615A0635 A1242A1570

お祝いブーケ

結婚する方に贈られるブーケのご依頼をいただきました。
製作工程的には一緒ですが、贈り手・受け手の気持ちを想像し、渡されるシーンを想像しながら作る作業はまた格別。心を込めて作らせていただきました。おめでとうございます。IMG_7250

長野ADC年鑑2017 完成

本業グラフィックデザイナーとして加入してる、長野アートディレクターズクラブの作品年鑑が完成しました。今回は自分がアートディレクションとしてかかわらせていただきました。
メンバーを始め、多くの方々にご協力いただいたことにあらためて感謝です。

ADC年鑑の主役はやはり収録されている中身。それぞれの作品が、より良く、わかりやすく見えるように配慮しながら作成しました。表紙まわりは・・・<デザイン>と名のつく冊子ですので大いに悩んだのですが、審査告知&作品募集要項のデザインを踏襲したものとしました。

この本、半透明のカバー用紙が2枚巻かれています。つまり表紙とあわせると三層になっています。ぼけた文字はCGによるモノでは無く、カメラマンがわざと「ピンぼけ」に撮影したもの。ボケ加減は3タイプあり、それを表振り分けて配置しています。

まだまだはじまったばかりの長野ADC。今後どのような形になっていくのか、まだ「薄ぼんや〜り」している部分はありますが、そこにまた期待を込めて。_0012026 _0012027

グラフィックデザイナー佐藤晃一

賑やかな2次会の宴が最高潮になるかという時間帯、見知らぬ方から声をかけられました。
「相澤さんですか?佐藤先生が呼んでいますので来て下さい。」
急いで席を移すと、にこやかなお顔の佐藤晃一先生がいらっしゃいました。

2012年6月9日、JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)の通常総会・全国大会は、
富山県の富山国際会議場 3Fメインホール+ホワイエで行われました。
全国から出席した有名・無名デザイナーが一堂に会し、もの凄い熱気でした。
再会を喜び合う人々、初めての出会いに名刺を交換し合う人々。
デザインという職業を通じて、日本中のJAGDA会員が集っています。
僕も長野のメンバーと共に、交流を深めていると程なくして1次会は修了しました。

2次会会場は市内の複数の居酒屋に向かうそれぞれのバスに乗り分かれました。
大御所のデザイナー達も運営サイドの指示で程よく振り分けられた模様でした。
バスの一番後ろの席に座ると、どこかで見たことのあるような、
はじめてお会いするような方がいらっしゃいました。
とても日本を代表するデザイナーといった感じの威圧感はなく、
ちょこんと、そしてにこやかに座っていらした男性に、
僕は「もしかして佐藤晃一先生ですか?」と声をかけました。

佐藤晃一先生は戦後の日本のデザインを牽引されてきた方のお一人。
緻密な印刷設計で生み出される表現、グラデーションを多用する奥深い表現は圧巻の美しさで、
まさに「佐藤晃一のデザイン!」という印象。
多摩美術大学のグラフィックデザイン科の教授も長年されており
自身のお仕事、デザイン教育、デザイナーの輩出と、その影響は僕が語るまでもなく多大なものです。

先生はJAGDA年鑑の審査員も長年務められています。
2008年のJAGDA年鑑に僕の作品がはじめて掲載された時、
各賞とは別に審査員が気になる作品を1点挙げる「 This one ! 」に、
僕の「リンゴのポスター」を選んでいただいたことがあります。
そのときの興奮はいまでも忘れられない記憶ですが、
それ以前もそれからも、先生とは1度もお会いすることはありませんでした。

ところが2012年の富山での2次会へ向かうバスの後部座席。まさかバッタリ隣り合うとは。。。
こんな機会は無いと思い、思わずご挨拶をさせていただく事ができたのです。
「リンゴのポスターで「 This one ! 」に選んでいただいた相澤と申します!」

2次会が中盤に差し掛かる頃、佐藤先生に呼ばれ隣の席に。
「あの作品は、どうやって作っていたのか気になっていたんだよ。。。教えて。」
先生はそうおっしゃいました。
僕は素直に説明しおえると、手品のタネを知ってしまった子供のような無邪気な笑顔で、
「な〜んだ、聞かなきゃ良かった〜」と先生は笑いました。
意外と手法自体は手の込んだものではない作品であることは自覚していました。
実際、2008年の「 This one ! 」選出の先生の講評でも、発想というか、目の付け所を褒めていただきました。

僕は「教えなきゃもっと興味を持っていただけたかも…」と心の中で思いましたが、
「 This one ! 」に選んでいただけたことでどれだけ勇気をいただけたことか。
その感謝のお返しとしての「種明かし」「ネタばばらし」は、
もうこの手法は今後使わない。(また新たな表現方法を探していこう)と区切るには十分な出来事でした。

あれから4年。
今年の5月24日。71歳で佐藤先生はお亡くなりになりました。
日本・そして世界のデザイン界に膨大な作品と影響をあたえて。。。
雑誌「アイデア」375号 「佐藤晃一の自由研究」を手に、ふと思い出す1度だけの先生との交流。

そんな2016年の秋です。img_6484